ワークスタイルと10年タイムライン
VOX再び
アカウントを紛失してから、放置していたVOX、本日より再開。プライベートな「日記」を書くブログがないので、ここを使うことにする。少し時間の余裕ができたので、諸々書いていこうか。
2007年、壮大な根回し
今から16、7年前、「東京でも北海道でも、アマゾンでも‥どこにいても同じクオリティの仕事ができるスタイルを確立する」と周辺に言いふらしていた。ちょうど、AppleのMacintoshがカラーになって、日本語ポストスクリプトのレーザープリンタが出て、日本でもDTPが始まった時期で、変化の激しい毎日にかなり興奮していたのだと思う。正直、半分冗談で「そういう仕事のスタイルが理想だなぁ」くらいの感じだった。
ところが、1994年あたりからインターネットに触れて、またまた興奮する。「どこにいても同じクオリティの仕事ができるスタイルを確立するぞ」と再び宣言し始めるのである。
そして、2006年を振り返ってみると、「あれ、けっこう理想に近づいていないか?」と思った。と同時に、この手のスタイルは技術とインフラだけでは進まないのだと痛感する。たしかにインターネットが普及しなければ実現しなかったことだが、社会の一員である限り、人との協調は無視できない。
突然「明日は沖縄で作業するから」と言って出掛けることは通常、許されない。「たわけ!」と怒られるだけだ。
自分の「今」というのは、散々‥周囲の人たちを呆れさせてきた結果だと思う。16、7年という時間をかけて、周りの人たちに慣れてもらったのである。「あぁ、アイツはいつもそうなんだよ。」というレベルまで引っ張ってきたのだ。古い友人に会うと「今は、どこに作業場あるんだ?」と言われる。返答は、「北海道」でも「沖縄」でもOKだ。一緒に仕事をするときは、このスタイルを受け入れてくれた上で話をしてくれる。有り難いことである。
嗚呼、なんて‥わがままな人生を闊歩しているのだろう。
このスタイルのメリットは2つある。1つは「メリハリ」だ。作業場を分離することで、行動に起伏が出てくる。適度に気分転換もはかれる。2つ目は「プレッシャー」である。こんなやり方は、一般的に許容されるものではないから、普通に仕事をこなすだけではリプレイサブルな人間(置き換え可能な人間)になってしまう。だから、本当の放浪者にならないように自分を磨き続ける必要があるのだ。
友人・知人、そして身内にまでパーソナリティを押し付けてきた。20年ちかくの時間をかけて。ほんとに身勝手で迷惑な人間だ。まぁ、これは20年ちかく続けてきた結果でもあるのだが。
私は今、10年を1つの単位にして目標を達成する「10年タイムライン」という考え方を実践している。ひとまず区切りをつけて、2006年までのタイムラインをまとめようと思っている。
そして、次の「10年タイムライン」は来年(2007年)から始まる。2017年まで、ゆっくりと時間をかけながら目標に向かって歩いていくのである。壮大な根回しの始まりだ。